当院に通われていた患者さんの話

このお話は、2017年2月に書いたものです。

 

桜の花びらも散りゆき、日に日に暖かくなっていく春のある日に、初めて来院されました。

 

主訴は、不妊治療(体外)をしているけれど、血流が悪いのかしてなかなか着床に至らないので何とかしたいとのことでした。

一通りお話をお聞きして、週1回のペースで鍼灸をして、それにたまによもぎ蒸しも取り入れながら、身体を変えていくことに。

 

まず最初に、患者さんの身体で気になったのが腰まわりの冷えです。

腰まわりの冷えはそこだけではなくて、内臓も冷えている可能性があります。そしてその冷えは子宮への血流にも影響を与えています。

そこで、腰まわりの冷えやそれに関係するツボを指標にして何度かはりやお灸とそれに加えてよもぎ蒸しをしていると腰まわりの冷えも改善されていきました。

そして、当院に来院されてから1カ月半ほど経ち、いよいよ移植の日を迎えました。

 

今までは、移植の少し前に内膜の厚さがピークになり、移植日には少し薄くなる傾向にあったようですが、

今回は移植の前まではりやお灸をすることで、移植日当日が一番厚みを増していたとのことでした。

このように腰まわりの冷えを改善していくことで、子宮内膜の厚さにも良い変化をもたらします。

(特に、内膜の厚さが移植の基準ぎりぎりのことが多い方は、鍼灸でかなり救われると思います。)

そして移植後にも一度鍼灸を受けていただき数日後の判定日を待ちます。

 

結果は、陽性反応。

 

しかし、数週間後心拍確認ができないままあかちゃんの成長は止まってしまいました。

以前にも、胎のう確認は出来たけれど心拍確認が出来なかったことがあり、ここが大きな鬼門になっているようでした。

 

流産は経験した人にしかその思いは分からないと思っている私は、何と言葉をかけていいのか分かりません。

患者さんに、

「ここまでよく頑張りましたね」

「お母さんの体だけでも、無事でよかったね」

こんな言葉をかけても、あかちゃんは戻ってはこないという現実にそのような言葉は薄くてもろく、患者さんの心には響かない気がして、結局いつもどんな言葉もその時に出てこないし、また後から考えても答えが出ないままです。

私ができることは、患者さんがまた私を必要としてくれるのならそれに応えることです。

 

再度、仕切り直しです。

どうしても越えられない心拍確認の壁を乗り越えるために、週に1回のペースで鍼灸とたまによもぎ蒸しを取り入れながら、身体を改善していきます。

特に、血流を良くすることを一番に考えて。

 

その大きな理由として、患者さんは不妊だけでなく不育症もあり、妊娠後はそれとも向き合っていかないといけないので、血の流れは特に意識をしてはりやお灸をしました。それに加えてよもぎ蒸しもたまに織り交ぜながら。

 

そうして前回の移植から3カ月が過ぎたころ、次の移植を迎えることになりました。

前回と同じように移植前にはりとお灸をしました。

今回は治療期間が前回の移植の時より長く、その分治療回数もとれたこともあり、今回の移植時の内膜の状態は前回の時よりもさらに良くなっていたようです。

移植後もはりとお灸をします。

 

そして、判定日を待ちます。

 

判定は、

今回も陽性。

しかし、HCGの数値が低くて太鼓判を押せるような陽性反応ではなかったため、日を改めて再度判定を行うということでした。

ただでさえ長く感じる判定日までの日々がさらに延び、この宙ぶらりんのような状態で過ごす日々はとてもつらく居心地の悪い時間だったと思います。

 

 

判定が延びたため、もう一度はりとお灸をすることにしました。

いつものようにベットに横になってもらい、脈を診ます。

妊娠していると、妊娠脈ってのを指で触れることができます。

そして脈から感じることができます。

私は脈を診たその時に、ふと出てきた言葉。

「どこかにいる」でした。

患者さんは、それを聞いて、どこかって?一体どこよ!?と思ったそうです。

 

その後、病院での検査の結果、子宮外妊娠であることがわかりました。

子宮外妊娠、耳にしたことはもちろんありますが、まさか私が診ている患者さんがなるとはその時は頭になかったですし、当の患者さんもまさか私がと思われたのではないでしょうか。

生きていれば色々あるといっても、あり過ぎです。

 

脈を診た時の無意識に出てきた言葉は、もしかしたらこのことを暗示していたのかもしれません。

しかし、患者さんが不安を抱いてしまう恐れもあるので、今回のことがあってからは脈を診る時は自分の意識に落とし込んでから言葉に変換するようにしています。

 

 

 その次の移植は、春の暖かくなってから行うということで、冬の間にまた身体作りをしていきます。

はりをするツボは以前とそれほど大きく変わりません。

ツボの場所をあれこれと変えるよりも、患者さんの身体から導き出した効くツボにひとつひとつ積み重ねていくことが身体作りには必要だと思います。

とは言っても、患者さんにとってみればいろんな不安があったと思います。

今度は、陽性反応がでないのではないかという不安。

もし陽性反応でも、次も子宮外妊娠だったら卵巣と子宮をつなぐ管が片方だけでなく両方ともなくなってしまうかもしれない不安。

凍結している受精卵もだんだんと残りが少なくなっている状況への不安。

もし、もう一度採卵することになった場合に、年齢を考えるとはたしてうまくいくのかどうかといった不安。

そして、なにより大きい不安は、無事に着床してもそのままちゃんと育ってくれるのかどうなのか。

 

はりをしているとそうした不安や緊張といった精神的なゆらぎがこちらにも伝わってきます。

そんな精神面もはりをすることで少しでも落ち着いてくれればありがたいといった気持ちも込めて向き合っていました。

 

 

季節は巡り、桜の花びらも散り、段々と暖かくなる4月のある日。

それは初めて来院されてからちょうど1年が経った頃に次の移植の日が決まりました。

 

前回、前々回と同じように、移植前と移植後にはりとお灸をしました。

今回も子宮の状態は良いようでした。

この頃になると、内膜の厚さで気をもむことはなかったように思います。

 

そして移植から10日後に、患者さんはいつものように病院に判定を聞きに行かれて、その後にメールをくださいます。

 

今回の結果はと言うと、

陽性。

心配したHCGの数値も今回は問題ないようでした。

無事に着床した後も、週に1回の鍼灸は引き続き行いました。

ゴールは妊娠ではなく出産です。

その結果、6週目に卵黄嚢が確認することができ、次の週に今まで越えられなかったあかちゃんの心拍を確認することができました。

私もそれを聞いて、心の中で小さくガッツポーズです。

(大きなガッツポーズは出産の知らせを聞くまで取っておきます)

 

今までは、ただただ険しい山道をひたすら登っていたけれど、ぱっと視界がひらけて山頂が見えてきた感じです。

まだ山頂にたどり着くには乗り越えなくてはならない峠があるかもしれないけれど、今までと視界が大きく変わったのは間違いなかったと思います。

 

その後も鍼灸を行い、流産する可能性がだいぶ減ったところで定期的な治療は終わりにしました。

 

そして、その年の暮に無事に元気なあかちゃんをご出産されました。

それを聞いて、ほっと胸をなでおろす安堵の気持ちで満たされたのを覚えています。